空広町役場*趣味広報課 空広町役場☆趣味広報課 新銭座ガードの歴史を調べる

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2009.05/27(Wed)

新銭座ガードの歴史を調べる

こんばんは。空也です。
今日は、ちょっと紹介したい場所があるんです。
ちょっと皆さん是非今日の記事は読んでいってください。

今日紹介するのは新銭座ガードです。
以前から当ブログで何度か紹介していると思います。
2月21日の記事5月12日の記事で既に紹介しています。

新銭座ガード

こちらが現在の新銭座ガードです。
自分はここのガード下を通るのが結構気に入ってるんですよね。
場所の感じがなんだか好きなんですよ。

高さ制限2.2mというなんだか安心する感覚。

その上を東海道本線や山手線、京浜東北線、
東海道新幹線からゆりかもめまで様々な電車が
ひっきりなしに通っていく様子。

そしてガード下を抜けると汐留の緑の映える綺麗な公園、
上を通る整備された首都高速、
近未来的なビル群とゆりかもめの空を跨ぐ線路。

なんとも心安らぐ癒しの場所なんですよね、自分にとって。

そんな新銭座ガードを今また取り上げたのには理由があるんです。
今日たまたま”新銭座ガード”でGoogleで検索してみたんですよ。
そして、何気なく上位に出たサイトを見てみたんです。
(ちなみにトップが当ブログの新銭座ガードの記事ですw)

すると、こんな写真が掲載されていました!(写真お借りしました)

昔の新銭座ガード

新銭座ガード

分かりやすいように自分の撮影した写真と並べてみました。
その様子が今とは全く違うことがお分かり頂けますでしょうか。

色々違うところはありますが、幾つか挙げてみると、
①道幅が現在の方が狭くなっている。
②現在見られる「頭上に注意」などの文字が昔はない。
③昔は歩道にガードレールが設置されていない。
④ガード入口の標識が全く異なっている。
⑤ガード入口が昔は十字路になっている。
⑥高さ制限の道路標識が現在は板のようなものになっている。
などと大幅に道路の様子が変わっていることが分かります。

ガードの道幅が変わっていることなども気になるところですが、
一番気になるのはガード手前の道路の様子が様変わりしていることですね。

そこで、気になったので調べてみたんです。
ネット上でも検索したんですが、有力な手掛かりは見つかりませんでした。
それどころか新銭座ガードのことを書いたページ自体
ほとんど見つかりませんでしたww

そこで使ったのがGoogle Earth!!
流石Googleさんは頼りになりますねえ。
Google Earthの最新版には、昔の衛星写真が見られる
機能が追加されているんです。
それを使って上空から昔の新銭座ガードを見てみようというわけです。

zeniza2007.jpg

こちらが2007年の新銭座ガード上空の写真です。
写真中央の線路の西側、T型交差点になっている場所が、
現在の新銭座ガードの入口になります。
丁度その東側に道路が続いているのでどの部分がガード下かは
お分かり頂けると思います。

写真北西の街並みは近年整備されたイタリア街です。
東側は汐留地区で、整備されてとても綺麗な公園のようになっています。
丁度東海道新幹線が通過していますね。

では、続いて早速2004年の写真を見てみましょう!

zeniza2004.jpg

なんと!現在のイタリア街がある位置に相当する
北西部の街並みが全くもって違っているではありませんか!!

なんと道路の構造さえも異なっているんです!
現在は東西を貫く一本道にガード入口に縦の道路が一本あるだけですが、
昔はガード入口が十字路だったようです。
上の写真で見られるのと同じですね。
(ちなみに上の写真が撮影されたのは2001年頃のようです)

普段あんなに通っていたあの場所が、
昔はこんな風だったのか…、と深く感銘を受けました!
今度からあの場所に行ったら、きっと昔の道路の様子が
目の前に思い浮かぶことでしょう。
なんて感動的なんでしょう、深く心に訴えてきます。

あと、関係ないですけど昔は北東部にあったビルが、
今はなくなっているっていうのも少し気になりますね。

さて、時代は遡り1997年の写真を見てみましょう!

zeniza1997.jpg

2004年には更地になっていた、三角州のような場所には、
昔はやはり建物が建っていたことが分かります。

それから、僅かな期間の間にガード入口の様子は
様々に変貌していることも分かります。
2004年の写真と比較すると、今はなき十字路の先のカーブする場所の、
カーブの急さが異なることが分かります。

1997年には線路に突き当たる直前に直角に右に折れていたようですが、
2004年にはカーブが若干緩やかになっているのが分かります。
2007年にはそのカーブは跡形もなくなりイタリア街へと変貌したのです。
しみじみとする話ですねえ。

それから、東側が今とは全く違っていますよね。
当然汐留なんて計画上の名前でしかなかった時代ですから。
現在の都道481号もまだ整備中のようにしか見えません。
これ本当にこの東側を車が通っていたんですかね?
新銭座ガードを西から抜けた先は、どんな世界が広がっていたんでしょう?

あと、貴重な上の写真から推測するに、
昔の新銭座ガードは現在より道幅が広かったため、
双方向通行だったのでしょうか?現在は西から東の一方通行ですが。
手前に立っている右方背向屈折ありの道路標識も気になります。
昔はガード内の道は折れ曲がっていたんでしょうか?

珍しく本当に昔に戻りたいって思いました。
本当に昔に戻れたらなあって、本当に思いました。
昔に戻れたら当時は新銭座ガードがどんな姿だったか分かるのに…。

でも当然昔に戻れないからこそこうやって昔を偲ぶものなんですよね。

ちょっと、今度はいつもとは違う気持ちで、
新銭座ガードを訪ねてきたいと思います。



新銭座ガードの歴史を知っている
昔の写真を持っているなど、
新銭座ガードについて何か分かるという方は
是非当ブログにご報告ください!
ほとんど情報がないので
皆さんの情報提供だけが頼りです!


コミュニティ : 東京23区 - カテゴリ : 地域情報

登録タグ : 港区 浜松町 汐留 歴史 新銭座ガード ガード GoogleEarth トンネル

03:40  |  隧道・トンネル  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

●>>ニダーさん

汐留ですからね。近年を代表する再開発地区ですから。
新橋駅の東地区なんて昔とは別の場所かのように
変わってしまっているはずです。
この新銭座ガードも再開発の影響を受けて
頻繁に工事が入ったんでしょうか。
事の詳細をもっと知りたいところですねえ。
空也 | 2009.05.27(水) 18:54 | URL | EDIT

ここって本当に工事しまくってる地域ですよね。
開発重視の地域なのでしょうか。
ニダー | 2009.05.27(水) 18:44 | URL | EDIT

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